三国戦記 近江舞子ブログ

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割れる劉邦陣営、儒家vs法家


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主君殺しで徳を失った項羽から、主君の仇討ちを掲げて挙兵した劉邦に天命が移り、易姓革命の体裁は完全に整いましたー。

蕭何の強い推薦で劉邦は渋々韓信を大将軍に起用した結果、この起用は大成功!

秦地方を統治していた3人の王、章邯・司馬欣・董翳いわゆる三秦王を撃破し、中原に進出しますー。

ここから楚軍の本拠地、彭城を目指しますー。

彭城は徐州の南部にありますー。つまり中華東部ですねー。漢中から徐州まで、遥々中華横断の行軍の始まりですー!

秦の崩壊後、各地にかつての周諸侯国を中心とした勢力が復興していましたー。

劉邦新興国家漢はそれら有力勢力とひたすら同盟を結びまくりますー。

中華の勢力を数珠繋ぎし、項羽の楚にぶつける、漢の基本戦略はこれで一致していましたー。

同盟を結び、漢から連なる連合軍は彭城まであと少しの所まで迫っていましたー。

ここで儒家の重鎮、酈食其は劉邦に提案しますー!

楚・斉・燕・趙・魏・韓

秦以外の戦国7雄国家の王の末裔を探しだし、諸侯に封じて封建制を復活しましょー!

そうすれば連合軍の結束はかたまり、項羽を討つことが出来ますー!

この作戦の上手いところは楚王が含まれているところですねー。

項羽を楚から引き離すとっても良い作戦ですー。

しかし、この案に代案なく反対しまくった愚か者がいますー。

韓非子を生んだ法家思想の古里、韓の宰相の息子、張良ですー。

あまりに強く張良に反対されたため、劉邦は酈食其の策を却下しましたー。

こうして酈食其の「法治も項羽の覇道も、力による統治はまっぴら!絆で統治した周時代まで時間を巻き戻す」

というテーマは薄れ、士気も上がらぬままふわっと彭城にたどり着いた連合軍は項羽の反撃をくらい、ボッコボコのメッキメキにやっつけられてしまいましたー。

戦争の最中に法家のイデオロギーを持ち込んだ張良の甘さのせいで劉邦の漢軍は一気に窮地に陥ったのでしたー。