決勝戦に割り込んだシティボーイ!
漢の将軍、夏侯嬰を祖先とする夏侯氏という有力宗族がありましたー。
夏侯嬰の曾孫の時代には没落し、姓を剥奪され一時孫氏を名乗っていましたが、宣帝の時代には元の夏侯氏を名乗る事を許され復興しましたー。
後漢の時代に曹騰という宦官が帝の信任を得て宗族の設立を許された際に、夏侯氏から夏侯嵩という人物が新設された曹宗族の祖先となるため曹氏に養子に行きましたよー。
夏侯嵩は曹嵩と名前を改めましたー。
この曹嵩の息子が曹操孟徳ですー。
孟という文字は長男を意味していますー。
この文字が名前や字に入っている人は長男、さらには宗族長であることがほとんどです。
他には馬超孟起などが例に挙がりますねー。
そして、曹嵩の兄の息子が夏侯惇ですー。
曹嵩は本人の優秀さに加え養父の威光もあり三公の地位まで登り詰めましたー!
高い地位まで登り詰めた曹嵩を頼って夏侯氏はさらに繁栄しましたー。
夏侯氏を従えた曹氏は二代目の曹操の時代に大きく飛躍しますー!
後漢末期に起こった皇帝劉協行方不明という事態に端を発した袁紹と袁術の天下人争いはどちらも奮わないまま乱世は続きましたよー。
そんな時、野望剥き出しで行動するもイマイチ空回りに終わっていた曹操に転機が訪れますー。
劉協を保護した曹操は焼け落ちた洛陽ではなく、自らの本拠地である許昌に遷都しましたー!
現皇帝の保護者となった曹操は天下人争いの最右翼に踊り出たのでしたー!